おはようございます。
今我が家は窓が全部覆いされている。
壁全てに吹き付けるからだけれど・・・・
この空気間はいやだな・・・・
窓が開けられない
新しい空気を入れられない
ベランダにあるごみも捨てられない。
今日は資源ごみだったのに・・・・
そういえば、頭をちらっとよぎったのは早いうちに玄関に出せって来たが無視していた私だ。
腐るモノではないが、あ~出したかったな・・・・・
とよぎる今。
もう遅い。
でもこの作業があるから、心地よくこの家に住んでいられるのも確かな事
だから今は我慢だな。
そう建物の大掃除だからね~
こんなことにも人間は心奪われてしまうんだなと気づいた瞬間でもあるわけです。
普段は朝から窓を全開にして空気の入れ替えをしている習慣
習慣というモノはなんと恐ろしく牛耳られている事にも気づく。
これはいずれ終わる。
ただ人間の心というものはそう簡単に変わることが出来ない。
そう気づく事さえも要らないかも知れないし、当たり前になっている事さえも当たり前になっている。
毎日の何でもない生活
そこには当たり前だけれど、当たり前ではない動きの中に幸せがある。
毎日の出勤
毎日の仕事
毎日のご飯
毎日の排出
毎日のお掃除
毎日のお風呂
毎日の睡眠
これってひとつでも掛けたら不快感極まりないだろうな。
当たり前と考えず、当たり前に出来る事に感謝と深く頭を下げる。
この毎日を生きられて
なんて幸せなんだろうと。
若い時はモノがある事に幸せを感じた。
60代になるとこう考えが変わるのかと思うくらいに変化する。
だから変化は進化だ。
カラダは衰えていくが
考える思考の物差しは広がっていきたいと願う。
だから心と向き合う作業はおもしろい。
当たり前は常に努力と忍耐から生まれてくる。
ではまた。
ありがとうございます。