裕古のひとり言

家族って・・・・

2008 年になってまだ2ヶ月だというのに毎日“え〜”というニュースで驚かされています。思い出すだけでもたくさん浮かんできます。
特徴がちょっとちがうのは家族間での出来事が目をひくのではないでしょうか?
去年は事業関係のような・・・・

宇宙も地球も流れている。今年はもっと身近な問題が私たちの気づきの材料なのかもしれません。昨日も悲しい事件がありました。今朝になると凄まじいほどの情報がはいってきています。家族を守らなければいけない父が短絡的な(この表現は誤解をまねくかも知れないが私はこう思わずにはいられない)感情によって全てを無にしてしまっている。未来の子供たちにまで・・・・
経済の破綻が発端のように報道されているが八方塞だったのでしょう。
八方塞になる前に私たちにはたくさんのチャンスが与えられているのです。でもプライドや欲、間違った判断で気づかないのだと思います。いつまでもそのものにこだわりすぎて執着してしまう。一般的に女性は環境変化に順応しやすいが男性はなかなか変化させることができないようです。上昇の変化は誰でもうれしいのですが下降してしまっているときの自分を見つめ、その下降変化に順応させるには厳しいものがありますね。そのときが本当の気づきなんでしょうが・・・・
私は今まで本音で生きようよ!といってきました。本音で生きるとはつらいこともうれしいことも受け入れるということだと思います。辛いことからは逃げたいと誰でも思う。
私もそうだった。でも、逃げられないのです。亡くなったお父さんも逃げないで家族に打ちあけてほしかったな。そこで様々な方法が家族で話し合えたのではないだろうか。
決してきれごとではないが死とは違った解決方法が見出されたのではないだろうか。
立派な一戸建てを手放してでも家族の絆がしっかりしていれば例えアパート暮らしになったとしても生きていけれる。生きることに意味があるのですから。
私はなくなったお父さんを非難しているのではない。生きている私たちは誰か犠牲の上で
気づきを教えていただいているのです。毎日のように起こっている事件から私たちは学ぶこと。
人それぞれに・・・

他人との絆、コミュニケーションという前に私たちは家族との絆を再確認しおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、兄弟、姉妹。このかかわりにも必ず深い意味合いがあって学びがあるのです。
私は94歳で亡くなったおばあさんから穏やかな“死”というものを教わった。そのときの介護経験がなかったら今の私はなかったかもしれない。詳しいことは又の機会にするとして、今“死”と直面している父もとても大切に思うからこそ、育ててくれてありがとうと毎日伝えている。父が元気なときは不満だらけだったのです。でも今の私はできることを精一杯してあげたいだけなのです。それが積み上げてきた家族の絆と感じているから。なんでも無いときはなんでもなくていのかな。何か起きたときにさ〜家族って・・・が試される。そのときに逃げないで結果を恐れないで向き合う勇気を。
立ち止まって自分を見つめる勇気を!!

                             
 

 

 

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