3月はもう一人の家族の誕生と言うことでとてもありがたい月でした。
自分の子供の時と違ってゆとりを持って接していけるうれしさ、驚きをかみ締めています。命の誕生は選ばれし者であり、その人なりのお役目がある。過去からのものを引きずり今生にも影響があったり、新たな一面を確立していかなければいけなかったり、その人なりである。だから私は・・・・と皆が思う。
今日は私のこの一ヶ月の日記にしたい。
うれしい誕生に心底浸っていられない状態が起きてしまった。
2月下旬からある問題が勃発し、家族会議で方向性が決められた。其の日は3月1日。生まれたのは2日の朝方から陣痛が始まり、午前10時半頃だった。娘の精神的負担はかなりあったのだ。しかし、1日の精神状態は落ち着いたのだろう。そこで陣痛がはじまったです。私は其の日から体調の変化が始まってしまった。十数年前には決別した問題が今この時期に浮上したことは私の中では解決済みだったのだけれどまだあったのね・・・・と感じた。2週間はまず眠れない日々が続いた。(私は眠れないと言うことがまずない人間だ。)しかし、ご飯は食べれる。仕事もできる。なんとなくだるいと感じながらフラワーエッセンスを飲み続けた。でも、選ぶカードに集中出来ていない自分も感じた。17日の夜、8時半頃から急に呼吸困難になり、もう何年もかかりつけのお医者様に連絡を取った。しかし、今日は都合が悪いから診療はできない。私はこのとき、注射一本打ってくれたら楽になるのになぜ????
仕方なく婿ちゃんに連絡をして、救急につれていってほしいと伝え、彼はすぐ迎えに来てくれた。
仕事が終わっていないのにありがたいことです。救急にいくには主治医の先生の家の前を通らないといけない。信号でそれが又、先生の家のまん前に止まった。私は心の中で先生はお留守なのよね〜
と思ったとたん、先生がベランダから出ていらした。私は眼を疑った。『いらあしゃるんだ』先生が開業された時はどんな時間でも地域の方のために見てくださっていたのに・・・・・・
私の病状は20何年もお付き合いしていて何もかもわかっていられるのに・・・・
怒りに変わった。救急についても私の打っているお薬はなく点滴でその場しのぎで何時間もかかって終わった。しかし、次の日は休日、最悪のままやり過ごし月曜の朝一番で先生のところにたどり着いた。何を見せていると言うのだろう。でも
この状況はすべて私にある。ここから何を気づけばいいの?
私は自分都合な自分を見せ付けられたのだ。
先生は其の日お休みだったのよね〜先生には先生の都合がある。攻めるのはおかしい。
自分の勝手さ、まわりを振り回す自分。更には目の前のことばかり気にかけてしまい大きく世界を見れない自分を発見した。其の日からせきがひどく痰が半端ではなく食欲も出ない。一週間で3kgやせた。
でもこの状況は私の気づきからくる浄化と感じた。この変化は今も続いていますが出すだけ出そうと決心し恐怖は今はない。でもただただ辛い。
この変化で解決したと思われていた私の感情に浄化を与えてくれている。
辛くても向き合うことしかないのが今、生きていると言うことなのです。肉体的に辛いことの経験が
魂の叫びに素直に聞き入れることになるのです。頭で理解しているだけでは魂に響かないのです。
魂と魂とのコミニュケーションがこれからの時代に最も必要なんだと感じます。
変化を私は恐怖でなかなかうまく受け入れられない自分だったが取り組んでいます。
辛いことから逃げない自分が今いる。
抜けた時の自分を楽しみに自分と向き合っている。魂レベルが上がってくれることを願って。
健康な自分は必ず戻ってくる。もう一つゆとりを感じながら生きる自分を創造している。すべては守られているから信じられる。
裕古